ちょっとピンぼけ。北方領土エリカちゃん

 

「ぬい撮り」という写真のジャンルがある。

これは旅行先などにお気に入りのぬいぐるみを連れていき、そのぬいぐるみをファインダーに入れた記念撮影を行う文化の呼称である。

一般には家族や友人を被写体に撮影するような状況で、なぜぬいぐるみが登場するのかというと、そのぬいぐるみがともに旅行を楽しみたいほど、撮影者にとって親密で大切な存在だからだ。そのため「ぬい撮り」写真の主役は当然、そのぬいぐるみ自身である。ピントはもちろん、ぬいぐるみに合わせられる。

しかし、北方領土のイメージキャラクター・エリカちゃんを撮影した、エリカちゃん公式アカウントによる「ぬい撮り」写真は、かなりの確率でエリカちゃんにピントが合っていない。これは家族の旅行写真で、撮影担当の父親が背景の滝や桟橋にピントを合わせ続け、写真に写った人物たちはすべてぼやけているような異様な状態に近しいのだが、私はこのぼやけたエリカちゃんの写った写真に心を動かされてしまう。その理由について書く。

 

その1. 愛しいエリカちゃんよりも写したい被写体

画像1

図1

 

「ぬい撮り」の撮影は、基本的に一人で行われる。そのため、多くの「ぬい撮り」は、片手でカメラ、もう片方の手でぬいぐるみを持ち、両腕の長さに限定された距離感で撮影される。ぬいぐるみがテーブルなどに置かれる場合でも、ぬいぐるみと、ぬいぐるみ以外の何か(食べ物や景色など)が関わっている状況を捉えることが多く、構図のバランス的にぬいぐるみが画面の端(フレーム内の1/4の位置)に置かれることが多い。

エリカちゃんの写真もまた、こうした「ぬい撮り」定番の画角をよく取っている(図1)。そのため、まず構図とモチーフにより、第一印象として「ぬい撮り」の雰囲気がある。そして、遠景の被写体とともに撮影されるときは大抵エリカちゃんがぼけている(もちろんそうでないときもあるが、ぼけ率が高い)。

これにより写真の主役であるはずのエリカちゃんを差し置いて、それでも撮りたいもの、写したいもの、それこそがピントの合っている被写体である、という印象が生じてくる。撮り手の被写体に対する情動のようなものが却って演出されているように見えて、胸を打たれてしまう(図2)。

 

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図2

 

その2. エリカちゃんという容れ物

写真によっては、ほとんどスマホ写真に写り込んだ指くらいにエリカちゃんが扱われているようなものもある(図3)。これではさすがにエリカちゃんが不憫なようにも思えるが、このアカウントにおいては問題ないのかもしれない。なぜなら、エリカちゃんは他のゆるキャラやPRキャラクターと違い、写真に出てくるぬいぐるみは、概念的な「エリカちゃん」の容れ物にすぎないからである。

 

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図3

 

エリカちゃんのアカウントには、ときどき着ぐるみ式のエリカちゃんが登場する(図4)。本来「ぬい撮り」に写るぬいぐるみは、たとえ何万体と生産されている市販品であっても、撮影者にとっては他の製品には変えられない唯一無二の個体である。その一体が大切だからこそ、色々な場所にともに行く。着ぐるみの場合もディズニーランドのミッキーが同時刻に園内に一体しか出現しないよう、スケジュール管理されているように、大切なものは基本的には世界に一つしか存在しないものである。例えばふなっしーは着ぐるみが本体であり、ふなっしーのぬいぐるみは、動物園のおみやげショップにおけるトラのぬいぐるみのように、本物に対する二次的な物品である。

 

画像3

図4

 

しかし、エリカちゃんは、着ぐるみ式やサイズ違いのぬいぐるみなど、いくつかの「器」を持っている(図5)。多くの着ぐるみ式のキャラクターは、着ぐるみが本体であり、小型のぬいぐるみとは区別されるものだが、、エリカちゃんの場合は縦横無尽に体を入れ替える。これはエリカちゃんが物理的な身体に縛られない、概念的なキャラクターゆえに可能となっているのだろう。

 

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図5

 

まとめ

エリカちゃんは、今敏『パプリカ』の主人公が精神の容れ物となる身体を夢と現実で自在に入れ替えるように、複数の身体を行き来する概念的な存在である。しかし、ならばその抽象的な存在であるエリカちゃんがその姿を写した写真においてぼけていることはむしろ自然なことのように思われる。

つまり、エリカちゃんの「ぬい撮り」写真は、大きくも小さくも、具象にも抽象にもなれるエリカちゃんの存在そのものを表しているのである。 

 

以上が、エリカちゃんのピンぼけ写真に心揺すぶられる理由である。撮影者の心象を反映した写真だとする理由1と、被写体であるエリカちゃんの本質を捉えているという理由2によって、撮る者・撮られる者という両者の立場に起因するエリカちゃんのピンぼけ「ぬい撮り」写真は、どこまでも見る者を惹きつけるのである。

 

画像5

 

 

追記:ところで、エリカちゃんのモデルであるエトピリカの剥製との2ショットを見ていると、さすがに不安な気持ちになってくる。おそらく通常の「ぬい撮り」の概念でいえば、ぬいぐるみは一つの生命体のため、同種族の死体と記念写真を撮っているような印象が生じるためだろう。実際には、外殻はあるが魂はないという共通点を持つ2つの物体が鎮座しているだけだが、剥製の生々しさとエリカちゃんのファンシーな存在感が衝突し、異様な気持ちにさせられてしまう。

画像4 

 

追記2エリカちゃんのアカウントは2014年から着ぐるみ姿の画像をアップしており、20174月にエリカちゃんは初めてぬいぐるみの姿で登場する。最初期から202010月初旬までに、その姿を捉えた写真は約545枚公開されており、そのうち着ぐるみはおよそ111枚。残る約434枚はぬいぐるみで、そのうち半数の222枚ほどでぼけていた。

PARCOとLUMINEの広告デザイン、ポスト・ウーマンリブの空白。

LUMINEのコピーが苦手だ、PARCOのコピーがいい。

ということを、ここ数年ずっと思っていた。と同時に、これは単純にマッチングの問題で、私がLUMINEがターゲットとする女性像に含まれないだけで、時代の潮流はLUMINEにあるんだよな、ともLUMINE広告を見かけるたびに思っていた。

というように感じる人は、当然私以外にもいて、最近のPARCO・西武の広告は、かつて西武が栄光を極めた時代のコピーが好きな人が作っているけれど、やっぱりあれだけの胆力を発揮できる人は中々いなくて、今のような状態になっているのだろうと思っていた(PARCO・西武は、現在は異なる系列にあるけれど、彼らがともに参照しているだろう西武広告の黄金時代、70-80年代時は同系列の企業だった)。

ところが、ちょっと違うのかもしれないな、と気にするきっかけになったのが、西武2019の元旦広告である。

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そごう・西武2019 企業メッセージ広告

これは2017年に樹木希林、2018年に木村拓哉、2019年に安藤サクラを起用、共通コピー「わたしは、私。」とともに作られた連作広告である。昨年までは、「私」のイメージ像が誰であるかモデルの顔写真によって明示されていたが、2019年版ではモデルの顔が隠されているため「私」=具体的な人物でなく、「私」=女性(それも顔に白いクリームが叩きつけられている女性)という抽象的な印象が強い広告となった。

これは先日、私が違和感を持ったPARCO2018の秋冬広告と同じ問題を抱えている気がする。「誰のための広告なのか」「これを見た人はどのように感じるか」という受け手の感性が発信者の中にないとき、このようなことが起こるのではないか。

 
■PARCO2018の秋冬広告

PARCOは2018の秋冬で、それまで4年間ディレクションを務めたM/M Parisを解任、男性4名を抜擢した。彼らは明らかにPARCO黄金時代のレイアウト、コピーを模している。

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PARCO2018 秋冬広告「私は裸になれない。」

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PARCO1975 石岡組・長沢岳夫によるコピー「裸を見るな。裸になれ。」

 

 

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左:PARCO2018 秋冬広告「私は裸になれない。」  右:70年代、PARCOのメインアートディレクターであった石岡瑛子による広告(写真:沢渡朔

 

過去の作品を模して成功ならば、引用は歓迎だけれど、私はPARCO2018秋冬のコピーが端的に言って嫌だった。それには3つ理由がある。

 

●「私は裸になれる」と思う
(「(女性が)裸になれない」ということが時代の空気を表していたとして、コピーを見る人物が移入される「私」という一人称に否定形が使われることに抵抗がある。このことから「私は裸になれない。」というコピーにおける「私」は、私自身ではないため、この広告のターゲットから外れる)

●裸になれない=服が必要=PARCOで服を購入、という企業的メッセージが露骨すぎる

●「裸を見るな。裸になれ。」という過去のコピーをふまえた、「私は裸になれない。」というアンチテーゼを現代のコピーとして使用しながら、レイアウトは当時の型に寄せる行為の意義が不明

 

以上の理由から、当時のPARCO広告を知っていて、それらを好きな人が作っているんだろうな、と思うくらいに留めていた。そうしたところに、2019年元旦のそごう・西武のコピーである。
 
こちらのヴィジュアルについて言えば、多くの人がSNSで指摘しているよう、文章と図のバランスがちぐはぐである。

文章では、女性の境遇におけるネガティブな内容と、それらと向き合おうとするポジティブな姿勢について書かれており、視覚イメージとしては、このプレゼンター(広告の発信者)が最終的にアピールしたい面=ポジティブな図を描写すべきところ、なぜかネガティブな状況を示すヴィジュアルが採用されている。

これは顔面をクリームで覆われている女性の図(そもそもアマリア・ウルマン風に言えば、女性の顔に置かれる白い粘着性のある物質は精液のメタファーである)が、不快かどうか、という問題でなく、単純にデザインのロジックとしておかしい。

また、視覚表現における文字と図の関係においても、左下の文章で綴っている内容を図でも重複して表すというのは、電化製品の取扱説明書などで行う方法で、「表現」としてのクリエイティビティを重視する広告デザインの場で行われるのもどうなのか(その方法では、本来文字と拮抗するべき要素である図が、文字の補助機能に成り下がってしまう)。

以上をふまえると、この広告における図は、文字で書かれているネガティブな印象を単に説明するためのヴィジュアルとなっており、あまり有機的な表現ではないと感じる。

 

PARCO2018秋冬の広告については、ディレクションした男性たちのインタビューがWEBに掲載されている。そこでは彼らのクリエイションに関する事柄が語られているが、肝心の広告の受け手側である女性に対するアプローチがまるで述べられていないことに驚く(せっかくの補完チャンスなのに)。

www.parco.jp

 

一方で、私が苦手だったLUMINEのコピー、こちらの方はずいぶんちゃんと作られている。

相変わらずコピーに同調はないけれど(これは私がLUMINEのターゲット層でないというだけで、彼らの仕事の良し悪しとは関係ない)、たとえば2018年春のポスターでは、通常、女性向けのファッション広告には使用されない太型ゴシックフォントを居丈高な女性像の演出として採用したところに、きちんと「挑戦」と「刷新」がある。

こちらもクリエイティブに関わったメンバーとして女性4名が名を連ねているが、むしろ広告表現として筋を通った仕事をする70年代のエネルギーは、こちらの方に受け継がれているのではないか。古き良き時代のPARCO厨の私だが、このようなLUMINEの仕事にはきちんと拍手を送りたい。

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LUMINE2018春広告

www.lumine.ne.jp

 

そごう・西武2019元旦広告の課題

近年、特に昨年2018年は、「女性」というワードが取りざたされ、なにかと話題になることが多かった。そのとき、女性の立場について思考する人が「フェミ」「フェミニスト」など呼ばれたが、一向「ウーマンリブ」というワードは登場しなかった。

ウーマンリブ」という言葉自体は、60年代後半に起こった女性解放運動を表すもので、その派生として、日本では70-80年代にかけて女性主義的な人々を表す総称として使われた。そのため、当時の日本カルチャーが好きな人たちにとっては身近な言葉でもある。

石岡瑛子らによる70年代のPARCO広告が打ち出す女性イメージは、日本的「ウーマンリブ」の代表格のようなところがあるのだが、そもそもこの言葉が廃れた背景には、「ウーマンリブ」という姿勢がこれまで女性的でないとされた事柄(主義主張をはっきりと述べること、公共の場で裸になることなど)をより強調して行うという不自然さを強いる側面を持つために「なぜ女性であることを訴えるために、わざわざ裸にならないといけないのか。ナチュラルでいたい」という女性たちの当然の感想によって自然消滅したという事情がある。

その後、90年代には田嶋陽子らが代表するような「キャラクターとしての「ウーマンリブ」の消費」があり、女性たちはこれに沈黙によってつき合った(誰かが「ウーマンリブ」然とふるまったり、「ウーマンリブ」を演じたりすることもまた、当人の自由だからだ)。

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そごう・西武2019 企業メッセージ

こうした流れがあった後における、そごう・西武2019の元旦広告である。この広告には、①広告デザインとして(前述)、②日本における女性のあり方を問うものとして、課題がある。

②について言うと、今回の広告に用いられた文章は、80年代にはすでに生じていた「ウーマンリブ」や社会に対する違和感を言語化したものだが、そうした内容を文脈も匂わせずに提示することで、文面にある状況を現代の女性が抱える課題として「普遍化」してしまったことだ。

40年も前に日本の女性たちが抱えていた状況をエクスキューズなしに現在の状況として提示すること(あるいは、40年間まじで気づいていなかったのか?)、それを広告として打ち出すこと、女性とは、そういう(問題とともに生き続ける)ものであることをメッセージとして発信しているような事態である。

さらには、この広告の賛同者から「こういう問題があるよね」という普遍印を押されるような状況が生じている。本来、ファッションや生活用品とともに女性が生き、暮らす時間を活性化させていくことを促進していくはずの企業から、不可思議なメッセージが突如提起され、まさに面食らった、というのが率直な感想である。

 

たとえば1年前のLUMINEのコピーは、「わたしはカモメ」でなく、「こちらはカモメ」である。私という女性的一人称に縛られない視座にすでにある女性のイメージ、今年のそごう・西武広告が文章で書いていた内容を、ヴィジュアルと短文で端的に表現している(これこそがコピーの力だ)。

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LUMINE2018春「こちらはカモメ」

  

■ポスト・ウーマンリブの空白

当時PARCOの広告で、石岡瑛子を筆頭に体現されてきた「ウーマンリブ」的な女性像には、女性は弱いものであるというイメージをくつがえすような鮮やかさ、力強さがあり、ひいては逆説的に男性的とされるような印象を生み出すことで、既存の女性観や性差を超越するという取り組みがあった。

昨年までの2017年、2018年における、そごう・西武の元旦広告が少なくとも失敗でなかったのは、この石岡広告の延長線上として、年老いた女性(樹木希林)と男性(木村拓哉)という、年齢も性別も超えたエネルギッシュな存在を、企業メッセージに重ねて打ち立てることができたためだろう。

LUMINEが現代を生きるフェミニンな女性をターゲットに広告を推し進める中、PARCO、もとい西武は、ストレートに女性を被写体にしたとき、かつての「ウーマンリブ」に変わるだけのパワーワード、イメージ像を打ち出せていない感じがある。

石岡瑛子、小池一子、山口はるみ、成瀬始子、藤原新也田中一光…彼らの甚大な仕事と並ぶためには、なにより時代の核をつかむ必要があるだろうが、それ以前の問題として今回の元旦広告には「誠実さ」が欠けているような気がする。図と文章、また、テーマ(そごう・西武の顧客である女性)と方法(デザイン)においても、不誠実なところ(リサーチや気遣いの不足)があったと思う。

 

コピーという「言葉」に対する、受け手の「言葉」による応酬は、いつまでも堂々めぐりだ。だから図、視覚表現は重要である。ただ扇情的なばかりの図ではなく、図と文字の関係において扇情を発揮する広告デザインを、かつての石岡たちの仕事からは感じることができる。彼らによる広告デザインは、未だにエネルギーに満ちている。

言葉の内省性に対し、写真や映像は、言葉と組み合わさることによって、片方の領域だけでは表現することができなかったイメージを創造することができる。そのようにして生まれる広告デザインが、これからも私たちの生活とともにあるとよいな、と思う。

服部一成と佐野研二郎のデザインをめぐって、友達とケンカした話

 

服部一成佐野研二郎のデザインをめぐって、友達とケンカになった。

服部一成佐野研二郎は、ともに引く手あまたの人気グラフィックデザイナーで、佐野研二郎はオリンピック・エンブレム問題で話題になった人でもある。

佐野研二郎はエンブレム騒動をきっかけに、それ以前にも他デザイナーの作品と近似値が高いものを発表していたことが指摘され、もうデザイナーとしてやっていけないのではないか、私を含めそのように思っていた人も多いだろう。

そんな彼が、エンブレム騒動後に仕事をした。それが右側、「新しい地図」のウェブデザイン(2017)だ。

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そして左側が、服部一成が約20年前に手がけたキューピーマヨネーズの広告だ。 ちなみに「新しい地図」とは、2016年に解散した国民的アイドルSMAPの元メンバー3名が立ち上げたグループの名称である。

私は、この2つのデザインはとても似ていると思った。そして、似ていることが前提として作られていると感じた。一方友人は、特に似ているとは感じないとのことだった。そこで「物事の感じ方は人それぞれ〜」と話を収束させればよかったのだが、そうはならなかった。そして、これら2つのデザインが似ていると感じる論拠を示すことになった。こうである。

これらのデザインを構成する重要な要素は「青空」と「手書き文字」である。写真の明るさ、コントラストなども含め、これはどちらにも共通している。手書き文字の「均一なカリグラフィのタッチ」も共通点だ。

逆に違うところは「手書き文字の色」「文字が画像に直接載っているか」「空以外のモチーフ/電柱が写っているか(このモチーフの影色や電線が黒い手書き文字との近似を招いてもいるが)」「手書きでないタイプフォントも取り入れているか」だろうか。しかし、第一印象として視認される大きな要素はやはり、「青空」とラフな「手書き文字」である。  

 

左のキューピーマヨネーズのデザインはとても有名で、服部一成の名前を知らなくても、この広告を記憶している人はいるだろう。彼は今でも第一線で活躍しており、広告デザインに携わる人なら、まず知らない人はいない。それこそ佐野研二郎がこの広告を知らないことはちょっと考えられない。 

だから、これは服部一成のパクリデザインでなく、服部一成のデザインをベースにした、かなり戦略的なデザインなのではないだろうか。

なぜなら、服部のキューピーマヨネーズのデザインは、マヨネーズのカロリーを半分にカットした「キューピーハーフ」という製品の広告で、カロリーを気にする20代前後の女性たち(1997年当時)に向けられていたものだ。その広告のターゲット層だった女性たちは現在40代前後、SMAPの元メンバーによる「新しい地図」を応援する層と重なる。当時 「キューピーハーフ」の広告をテレビや雑誌で目にしていた人たちの無意識裡に訴え、思春期頃の溌剌とした気持ちを喚起させるデザインなのではないか。

エンブレム騒動のあと、パクリが転じて、似ていること自体が悪いことのような風潮を感じる。しかし「新しい地図」のデザインにおいては、むしろ上記のような戦略や工夫への価値判断を抜きに、「服部のデザインには全然似てないよ」としてしまうことの方が佐野に対する不当な評価の気がする。

 

デザインは既存のイメージ、普遍的で共有可能なイメージに基づきながら作られる。赤や黄といった色は、視認する人に強い印象を与えることから、信号の停止や電車ホームの淵に用いられる(また用いられることで、見る者も相互的にこれらの色に警戒のイメージを持つ)。そういうイメージや文脈、情報の集積の上にデザインは成り立つ。なにか新しい印象を与えることが目的とされる場合でも、今までどのようなデザインがあったのか、リサーチとの比較の上に成されるものだ。

例えば、「オレンジ/ネイビー/丸ゴシックは、ディック・ブルーナを思わせるから使用を避けよう」とか、「オランダ関連の企画だからむしろ印象を寄せていこう」とか、既存の作家が成したものを前提に制作されもする。 むしろ、たまたま似てしまったというのが、デザインにおいて最も許されないことだろう。それはただ、学びがサボられている状態だからだ。

実際、「新しい地図」のデザインにおいて服部の作品が意識されていた場合、すごいのは佐野研二郎という人がエンブレム騒動後すぐにこうしたデザインを手掛けたことだろう。デザインにおける模倣のあり方について、考えざるを得ない。

そもそも、新しくオリンピック・エンブレムに決定した市松模様だってまた、模倣の繰り返しによって「伝統」となった様式的デザインである。これは大変皮肉めいた結果のように思われる。

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●追加ログ

www.asahi-aaa.com

 

 

 

清原唯『わたしたちの家』と、よだまりえ「私の家」/諏訪敦彦『H story』

 

映画『わたしたちの家』について考えていて、清原監督の同級生、よだまりえさんの「私の家」を聴いていた。

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宇宙の中に小さい惑星(ほし)だ 緑と青の服を着てる 

辺りは霞 半径2ミリ そこに私の家があるの

一億二千年前の話 私はいったい何だったんだろう

 

「私の家」の歌詞は、このように始まる。自分の家、自分が暮らしている場所のはるか遠い過去の時間に「存在している私」に思いを馳せている少女の歌だ。

わたしたちの家』は、2つの時空間が共生的に描かれるという特徴を持った映画だから、よだの曲に登場する、自分の家の「自分が介在し得ない時間」について思いを巡らせる少女は、彼女の感性を反映した人物であるとともに、『わたしたちの家』を構想した清原監督のようでもある。

ほかにも世代が近い音楽グループ、相対性理論の曲に、目が覚めたら家が異空間を飛んでいて、それでも漫画雑誌・スピリッツが読みたい欲求を持つ、つまりかつての空間における日常性を維持し続ける女の子や、自分が幽霊(異なる時空間の存在)かもしれないと問いかける女の子などが登場する。

清原監督も、こうした感覚が世代的な共通認識でもあることにインタビューで触れている。『わたしたちの家』の脚本は、同級生の加藤法子さんと書いたものでもある。

清原 同世代とか若いひとたちに観てもらいたいです。この映画はわたし自身が生きている感覚をもとにして撮っているのですけど、ある友人にわたしたちの世代の感覚を持っていると言われたことがありました。

 

だから『わたしたちの家』の魅力については、この重層的空間表現という視点よりも、それがどのように映像、映画として昇華されたのかについて議論されていくべきだろう。

その上で懲りずにまだ、この視点に関係して考えておきたいことがある。そのための比較として挙げたいのは、清原監督の師でもある諏訪敦彦による『H story』だ。

www.youtube.com

 

わたしたちの家』と『H story

H story』は、マルグリット・デュラス脚本、アラン・レネ監督の映画『二十四時間の情事』(『ヒロシマ・モナムール』)のリメイクであり、同時にそのリメイクを撮ろうとする人々を捉えた映画である。この作品は、ドキュメンタリーとフィクションの境界についての思考を促すが、時空間の重層性をテーマにもしている。

H story』と『わたしたちの家』の共通点は、ある場所の、異なる時間に注目しているところだ。前者には、アラン・レネと諏訪による広島(正確にはアラン・レネの映画内の「広島」)という場所と、それを2人の監督が捉えた時間がある。後者には、清原による2つのバージョンの家の時間がある。

まず、彼らの作品の比較から感じられるのは、場所に対するスケール感の違いである。日本/広島という土地の大きさに対して、家である。諏訪は必ずしも『二十四時間の情事』のショットと同じロケ地であることにこだわっていない。それにもかかわらず、広島の町をさまよう異なる人種の男女の姿により、『H story』におけるショットがレネの映画における「広島」という場所を踏襲していることが分かる(それに『二十四時間の情事』に写り込んでいた魅力的なカフェは、もう現存していない)。

対して、清原における2つの場所は、即物的な意味で正しく同一の家である。諏訪が広範な「広島」という土地を提示するのに対し、『わたしたちの家』は具体的な建築物の内側を舞台にしている。

時間においては、次のように比較できる。『H story』はそのタイトルが、ヒストリー(歴史)を暗喩するよう、レネ、それから諏訪の時間といった、過去から現在に一方向的に進む時間の蓄積を前提にしている。それはこの映画を観る者に、1945年8月6日、それ以前、以降から流れ続けている時間の延長線上に、現在という時間があることを自覚させる。

これに対し、『わたしたちの家』における時間は多層的である。映画という表現上、一つの時間軸に沿ってシーンが並べられているものの、2つの舞台を構成するショットは同一の時間を描いていると捉えられる(それは作品後半、決定的になる)。また、監督は次のように発言してもいる。

家という場所を共通させ、一つの家の中でいくつもの話が同時に起きている。

 

つまり、『わたしたちの家』における時間、場所は局所的だが、この形式を取ることにより、同一のものの異なる姿の可能性を提示している。この視点が、複数のモニターを使用するメディアアートや、固定的な時空間に縛られない詩といった方法でなく、あくまで一次元的時間の制約を持つ映画の時間に対し適用されることが、『わたしたちの家』という作品の一つの魅力であるだろう。

2013年に正式運用が開始されたARゲーム「Ingress」は、自分が住んでいる町をスマートフォン越しに現実とは異なる視覚性を介し知覚するもので、そのキャッチコピーは「あなたの周りの世界は、見たままのものとは限らない」だった(「Ingress」は2018年10月に日本でアニメーション化される)。

ダウンロード数2000万回を超える、このゲームのプレイヤーが世界中にいることから、自らが暮らす世界を多層的に捉える感覚は、やはり共振的なものだといえるだろう。このときゲームと映画で成される表現の違いとして、ゲームは制作者があらかじめ組んだプログラムが現実の時空間に乗算されるのに対し、映画は、作り手が何を撮るかという恣意的な自律と、その作為を越えてカメラが捉える他律の交わりによる世界の提示というそれぞれの特徴を挙げることができる。それに映画は結局、「見たままのもの」「聴いたままのもの」をたぐるほかないメディアである。

この世界の片隅に』と「私の家」

H story』はもう一つの『二十四時間の情事』と言うことができるが、その重層性はレネという兄の背を弟が見つめるよう兄弟的なものであるのに対し、『わたしたちの家』の2つの時空間は双児的である。

H story』と『わたしたちの家』、2つの作品の比較からは、作り手の世界に対する尺度の違いのほかに、時空間に対する時代的変容の影響が感じられる。現在「わたしたち」が干渉可能な場所は、家、東京、広島、日本と横に広がっていくというよりも、縦の空間や選択肢に向かってベクトルを伸縮させているように思う。

昨年公開された、戦時下の広島を舞台にしたアニメーション『この世界の片隅に』も、丁寧に「家」を見つめた作品だった。戦中の暮らしや日常生活のディテールが作画、演出両面で丁寧に描写され、原作との違いとして指摘される主人公ともう一人の女性キャラクターの性に関する描写が省かれたことも、戦時の広島での生活により注目しているよう感じられた理由かもしれない。

この世界の片隅に』を観る時、私たちはフィクションのキャラクターを介して、現実の広島という場所、その過去の時間に目を向ける。漫画やアニメーションといった階層の置換を経なければ、広島という場所に近づくことができなくなっているのかもしれない。しかし、裏を返せばそのようにすれば、かつての広島と「わたし」の時間と場所に寄せることができるということだろう。冒頭に挙げた、よだまりえは「私の家」でこんな風に歌っている。

一億2千年前の記憶 どこで眠り続けてるのかな

 

記憶は、「過去」の時空間を「現在」の私が捉えることで生じるイメージだ。かつて実際にあった、しかし自分が見たことも体験したこともない一億2千年前という時間と場所に思いを寄せるということ、それが73年前に広島という地に起こった出来事と、2010年代を生きる「わたし」との接近を引き起こすかもしれない。

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石内都――写真と被写体、それぞれの表皮

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石内都、実はちょっと苦手だったのだ。被爆した衣服、傷跡のある肌。彼女が選ぶ被写体は、それ自体がとても強いものだから、写真を前にして受け取る情動が、写真の力か被写体のエネルギーによるものか判断しにくい。

そのように分けて考えることの不毛さ、「被写体を捉えた写真」がただそこにあるだけなのだから、その一部分を切り離して分析したり、感じ取ったりすることのつまらなさも自覚している。だけど彼女の写真集を見て、どうにも心動かされないとき、それは被写体に対するこちらの腹づもりが貧しいのか、写真家との相性が悪いのか、はっきりさせたい気持ちにもなる。 

今回、横浜美術館石内都の写真現物を見ることができて良かったのは、彼女の写真をはっきり「良い」と感じられたことだ。鑑賞者のタイプとしては、写真集でも現物でも石内都の作品を好む人、写真集では良いと感じるけれど現物はそうでもない人、その逆の人、それぞれ趣向があると思う。ここでは、現物を見ることで石内都の写真に出会うことができた私の体験について書いてみる。

 

***

 

まず、石内都の特徴といえば、表皮的モチーフの選択と、時間の可視化だろう。彼女の代表作「ひろしま」は原爆の被害を受けた衣服を撮影したもので、それらは、燃え、裂かれ、数十年経過した風合いを自ら体現している被写体だ。メキシコの画家、フリーダ・カーロや石内の母の遺品を撮影した「Frida by Ishiuchi」や「Mother's」でも、彼女たちの衣服が被写体に選ばれている。口紅といった立体的なモチーフも写しているが、それもまた、フォルム外面の塗装の欠けという表層から、その口紅が古いものであること、化粧机やバッグの中で愛用され、僅かな瑕疵を蓄積してきた時間を目に見えるかたちで表している被写体だ。

 

今回の展示で、特に現物を見ることの威力を感じたのは「ひろしま」だった。平面的な衣服が、写真という同じく平面にアウトプットされるメディアで捉えられていること、被写体(布)、写真(紙)、それらがともに持つ構造のディティールが浮き彫りにされ、鑑賞者が作品と向き合う状態が促されていた。そしてそれは、展示会場におけるもう一つの平面要素、「壁」によって引き起こされていた。

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単純な話だ。今回の展示では「壁」がとても際立っていた。分けられたスペースごとにテーマカラーが決まっていて、単色カラーが写真の背面に置かれることで、壁の平面性がとても強調されていた。展示においてスタンダードとされるホワイトキューブの白壁は、壁という存在をむしろ取り払い、空間を拡張させる機能を持つものだ。

 

これは写真集で作品を見るのとは、まるで異なる体験だった。もちろん写真集とは、作品のサイズも、眺める距離も違うのだが、何より本という形態が、平らなようで実は立体的なメディアであることと関係するだろう。紙一枚一枚は平面だが、ページをめくる際には凸といったフォルムが立ち上がる。小さいものは両手の中に▽の形を作って読まれる。それよりも、壁に一枚の紙が貼り付けられている、そうした状態の方が写真の平面性は伝わってくる。

また、写真集における組写真の一枚は、何十、何百枚もの一片として成立するものだ。組写真というシステムは、一匹では生きていけない蟻が、無数の蟻たちが営むサイクルに所属することによって生命を持続させるのに近い。写真一枚が、単独の状態で壁と平行に置かれた方が、やはりその平面性は感じられる。

 

一方、展示において違和感があったのは傷跡のある肌を撮影した「Innocence」で、フレームいっぱいに肌が写っているものは、その表皮と写真の平面性が調和しているものの、立体物である人物全体を写したものは、写真よりも被写体の存在が強く、両者が拮抗するというよりも、ある被写体をカメラが捉えている、という印象を受けた。そのことに問題があるのでなく、異なるタイプの写真が同スペースにまとめられている、そういう印象を持ったというだけだ。その印象が導くものもあるだろう。作品は至極真っ当で、写すものに対する石内の礼節が伴う視点が感じられるものだった。

 

写真集と現物展示、それぞれが異なる価値や性質を持つのは当たり前のことだ。重要なのはそれぞれの違いを受け入れながら鑑賞することだろう。特に石内のよう、作品コンセプトと平面性が関わる写真家においては殊更だ。彼女は人体や建築といった立体的な造形物も撮るが、布や皮膚、外壁といった表皮的モチーフを撮り、見つめることを慎重に行ってきた人である。

展示会場で石内の写真を見るということは、彼女の作品が持つ、表皮というもの、目に写るものを率直に見るという写真的行為や姿勢が、写真集で見るよりもずっともたらされる体験だった。

 

***

 

以上が、石内都の写真を「良い」と感じるに至った経緯である。それは単純に、彼女の写真と初めて向き合ったというだけのことでもある。

 

そもそも、彼女の写真は二つの点でコンセプト的に消化しやすいという罠がある。一つは冒頭にも挙げた、被写体の力が作品の力にすり替えられやすいこと。被写体の威力が大きく、それらを直接肉眼で見ることと石内の写真を介して見ることの差が計りにくい。

二つ目は、被写体が布や肌、壁といった、写真と同じ表皮的モチーフに据えられることで「見る行為」を浮き彫りにさせる、そういう作品だと分かったつもりになり、実際に真摯に作品を見ることを怠りやすい。

罠もなにも、石内にまるで罪はない。要は見る方が気を引き締めなければ、チートが起こってしまいやすい写真ということだ。一方で、チートが起こりにくい写真というのは、別スペースに展示されていた石内初期のモノクロ写真「絶唱、横須賀ストーリー」だ。濃淡や陰影、見るべき多くの要素が差し出され、建築物、時間、痕跡、風景といった見出すことが可能なテーマのほか、荒れた粒子のぶつかるリズムにさえ、鑑賞者は見ることの楽しさが体感できる。コンセプトが、見ることの妨げを引き起こしはしない。

 

石内都という写真家が、自身のテーマに従属したり、縛られる必要は微塵もない。そしてだからこそ、私は最新作「Yokohama Days」に見入ってしまった。私はこれが、一番好きだ。タイトル通り横浜の景色を撮っているのだけれど、汚れた透明のガラス越しに風景を撮るといった彼女らしい表層への視点も含まれながら、そこで写されているものがあんまり瑞々しいので驚いてしまった。

展示スペースを用意してもらわずとも、写真集と向き合わない自分の怠惰を恥じるべきだろう。だけど、あらためて美術館で写真を見ることの豊かさも知ることができた。あとほんの少しだけ、展示は続く。「写真を見るという行為」がとても楽しめるから、横浜美術館への来館をぜひおすすめしたい。

 

3月3日 18時30分〜 石内都によるギャラリートーク

yokohama.art.museum

能條純一 デフォルメとしての写実

 

思い起こすのは、能條純一である

ビーバップみのるが「『浮浪雲』だけ読んどきゃいい、『浮浪雲』にぜんぶ描いてある」と映画『Bisキャノンボール』で言ったよう、『浮浪雲』(ジョージ秋山)にこの世の理はすべて描いてある。だから実際、『浮浪雲』だけ読めばいい。

 

だけど、思い起こすのは、能條純一である。

 

月下の棋士』が人間を描いたドラマトゥルギーとして、どれほど優れているか。
昭和天皇物語』がどれだけ研ぎ澄まされた演出の様式美を奏でているか。
どれだけ字数があっても、書き足らない。

 

マンバ通信に『昭和天皇物語』を紹介する記事が出たけど、足らない。足らない。足らない。


能條純一 目の演出

能條純一は、私が最も尊敬する演出家だ。彼が『哭きの竜』よりも前に描いていた、80年初頭の短編を読めば、彼という漫画家がどれほど映画的視点で世界を眺め、それを紙上のコマに構築させる技に長けているか、すぐに合点がいくだろう。

 

能條純一といえば、目の演出だ。両目の大きさの均一/不均一、光を持つ/持たない、これらをキャラクターの性格や、シチュエーションごとに変化する心情に則して、彼は丁寧に描き分ける。歌舞伎における黒目を使った見栄の様式「にらみ」も能條の得意技で、『ばりごく麺』主人公の破天荒な性質を表すときにも使われている。

 

昭和天皇物語』では恐ろしいくらい慎重に、すべての登場人物、すべてのコマにおいて、その配慮がされている。そして『昭和天皇物語』においてとりわけ目の演出が重要なのは、それが単にキャラクターの性格を表すためだけでなく、能條らの歴史観を反映させた可視的表現として機能するためだ。

たとえば、昭和天皇の祖父である明治天皇の両目は、それぞれ異なる光と焦点を持ち、もはやこの世の者ならぬ存在感を漲らせる。一方で、両者の間に位置する大正天皇の瞳は、両目が均一であるよう気遣われながら、とても単調に描かれている(アウトローばかりが登場する能條マンガにおいて、両目が均等に描かれる人物もまた珍しいものだ)。

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昭和天皇物語』1巻2話

 

能條マンガにおける目の演出は、『昭和天皇物語』に登場する人々、つまり内面的な心情を吐露できない立場の人々の胸の内を描くのに、とても適している。

しかし、今回書くのは別の話だ。マンガ表現のデフォルメと、『月下の棋士』における「顔」の話をする。 

 

ジブリによる心の可視化

マンガであれ、映画であれ、アニメーションであれ、人間を描く視覚表現の基礎には、「目に見えない人の内面を、目に見える外面に描き起こす」という考え方がある。この基礎に忠実な製作チームといえば、ジブリである。

宮﨑駿『ハウルの動く城』(2004)の主人公・ソフィは、魔法によって老女となる。この作品はキャラクターの心の状態を、外見の「老い」と「若さ(幼さ)」に適用させている。魔法とは自分自身による呪縛でもあり、ソフィは眠ったり(自意識から解放された状態)、魔法に打ち勝つほどエネルギーに満ちたりしている時は若い姿をしているが、一転、勇気をなくしてしまうと老いた姿に変わる。ハウルが彼自身の精神世界において、幼い少年の姿をしているのも同様の理由である。

ほかにもジブリは、高畑勲の『おもひでぽろぽろ』(1991)で、主人公の幼少期をマンガタッチで、現在の姿を写実的なタッチで描き分けるなど、心象風景の演出に注力してきた。『風立ちぬ』(2013)では、能條と同じく目に注目した演出が行われ、現実を見据えず戦争に邁進する軍人たちの目を、互いの通い合わない視線によって表現している。

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風立ちぬ』(宮崎駿

 

違うタッチで描かれる、同じキャラクター

ジブリは、カメラという機械の目でなく、人間の目が捉える世界を描くが、そうした主観的表現と得意とするのはマンガの領分でもある(ジブリの主要メンバー、宮崎や高畑が所属していた東映動画の設立者たちは、アニメーションを「漫画動画」と呼んでいた)。

たとえばマンガではよく、同じ人物がシリアスなシーンでは八頭身、コミカルなシーンでは二頭身で描かれる。シチュエーションに応じて、キャラクターの目鼻が突然簡素化されることもある。それはキャラクターの内面描写であるとともに、シーンの雰囲気を伝える役割も果たす。

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ときめきトゥナイト』1巻1話(池野恋

 

月下の棋士』における顔

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月下の棋士』26巻279話/23巻249話

さて、以上をふまえて注目して欲しいのは、『月下の棋士』主人公・氷室将介の顔である。
彼の顔は将棋に集中すればするほど、つまり試合場という現実を離れ、盤上の世界や記憶の空間というイメージの世界に没頭するほど、むしろ写実化する。

氷室という人間が棋士として覚醒し、重要な局面にいるときほど、マンガのキャラクターの顔が読み手の現実の方へと近づくのだ。読み手はその表情に釘付けになる。彼らの顔の描写によってもたらされる緊張感は異様だ。

なぜこれほどの迫力が生じるかというと、まず能條純一のキャラクターは本作に限らず、皆、心の様子を顔に反映して描かれる(口を閉じたキャラクターの顔に、発話セリフが当てられることもよくある)。

そのうえで『月下の棋士』では、試合の攻勢、キャラクターのバックボーン、それらを受けた精神状態が最も極限に達した状態の顔が大写しになる。顔のアップは向かい合う棋士同士の距離が実際に近いことにも由来する。つまり、棋士たちの「顔」はキャラクター本人の心象の反映でありながら、対戦者というマンガキャラクターの視点、対戦者から見た棋士の印象の可視化された状態でもある。これだけの要素が一つの「顔」に止揚されるため、大変なエネルギーが生じる。

 

デフォルメのベクトル

そしてこの試みがマンガ表現全域において注目に値するのは、先に述べたデフォルメの方向、虚構/写実のベクトルが、ほか多くのマンガ作品と真逆に向かうためである。

マンガによく見られる、同一人物の身体変化の手法は、まず基準となる通常モードのタッチがあり、そこから状況に応じて、より抽象的にデフォルメされたタッチに変化するのが常である。一方『月下の棋士』は通常のタッチから、状況に応じて、より写実的なタッチへと変化する。
能條もキャラクターの顔を通常時より簡素化して描くことがないわけではないが、それは彼がマンガを描く際、想定的に設置しているだろうカメラと被写体との距離が遠く、その地点から見える情報のみを描き取るときと思われる。

それから、写実といっても能條純一の「顔」は、無機的なカメラのレンズが捉えられるものではない。主人公の記憶にあるカモメの飛翔が眼球に写り込むときなど、絵の特性を活かした演出がされている。マンガ絵における写実性とは、実写の人物とは異なるマンガのキャラクターの細部に迫って描き込むということで、単に3次元の人間に似せて描くということではない。

マンガの絵は、私たちが肉眼で見る情景を主要な線に集約することで生まれる。その際に省力される顔のシワやディテールが、心象の誇張、デフォルメとして描かれる。能條純一による絵の描写は、そのまま実写に置き換えられるほど写実的にも見えるが、その線もまた彼によるデフォルメが凝縮した果てに引かれるものだ。そのようにして描かれる「顔」、これこそが彼のキャラクターの特異性である。 

 

能條純一 演出とマンガ

能條純一は演出家であり、漫画家だ。氷室将介のライバル・滝川が、病院でCTスキャンを受けながら神を意識するとき、彼の顔には非常に細い十字の光が重ねられる(この演出をくどいとする者は、安藤忠雄の「光の教会」ごと退けてほしい)。

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マンガや映画、視覚表現の演出家は、観客が気づくことができるよう、しかしやりすぎにならないバランスを探りながら、観念やイメージ、目に見えない心情を、目に見える形に具現化していく。

そして演出というものは、それだけでは単に方法論に過ぎない。「神性を十字で表現する」という方法自体は、誰にでも共有可能なアイデアだ。それをコマ割り、コマの流れ、シーン展開、セリフ、絵によって視覚化し、表現するのが漫画家の技だ。能條純一は映像的な演出をマンガに止揚させる稀有な漫画家だ。

以上になる。能條純一スターシステム(彼は同じキャラクターを役者として、いくつかの作品に登場させている)や日活映画との関係性、BOOWY浜田省吾といった実在のミュージシャンの影響については、どこかでまた触れたい。『月下の棋士』のキャラクター、一人一人については、いくら言葉を費やしても足らない。

ジョージ秋山竹宮恵子、畏れても畏れ足らない漫画家は他にもいる。

しかし、やはり思い起こすのは、能條純一である。

彼が描く登場人物たちの「顔」に注目して欲しい。

 

https://shimirubon.jp/columns/1686588

長渕剛と「移人称」

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長渕剛の歌詞に、移人称のものがある。そしてその移人称は〈歌われる言葉〉を聞くのでなく、〈書かれた言葉〉を読むことによって生じる。突然だが、このことについて述べていく。

 

長渕剛『RUN』

まず、長渕剛の『RUN』を聴いて欲しい。

長渕剛「RUN」 - YouTube

それから、歌詞を読んで欲しい。

RUN 長渕剛 - 歌詞タイム

 

同じ歌詞でも、聴くことと読むことで人称の印象が変わらないだろうか。

私は初めて『RUN』を聴いたとき、1番の歌詞は男性主体、2番の歌詞は女性主体だと思った。つまり、登場人物が男性と女性、2人いると思った。それは歌詞の内容や言葉遣いから想像したことだ。

 

-賽銭箱に 100円玉投げたら  (1番)

 

の粗雑さから男性を

 

 -信じてみようよ 信じてみましょうよ (2番)

 

の語尾から女性をイメージした。そして続いて2番の歌詞に登場する

 

-頭もはげてきた (2番)

 

で違和感が生じ、ここで再び男性人称に切り変わるのか? 女性のままなのか? いずれにせよ壮絶な生き様だ、とこの曲を捉えてきた。

 

しかし、いざ1番から続けて歌詞だけを読んでみると、なんてことはない。全て男性の一人称と読み取れる。私が女性人称と勘違いした2番の歌詞冒頭の

 

-信じてみようよ 信じてみましょうよ (2番)

 

の「よ」は、男性もまた時折使う、自分や他者に言い聞かせる強調としての「よ」に感じられる。だが、しかし、この段落は移人称的ではないか。

 

『RUN』2番の歌詞

-信じてみようよ 信じてみましょうよ

-くやしいだろうけどね

-信じきった夜 あいつの悲しみが

-わかってくるのは なぜだろう

 

この段落だけを文字で読むと、「よ」と同じく「ね」の女性語により、女性が主体の歌詞のよう感じられる。しかし、1番の続きであることを踏まえれば、やはり1番の歌詞に登場した男性が自分自身へ言い聞かせるために「よ」や「ね」を発話しているだろう。

そして、自分で自分に語りかけるという行為は、自分を他者として捉える姿勢であるため、男性一人称の中で2つの立場が生じた状態である。

ここに出現した、男性に語りかけるもう一人の男性が、女性を信じる、女性語を使う、女性になるという移人を果たした時、

 

-あいつの悲しみがわかってくる

 

という、他者の人称を獲得した時にのみ可能な「その人の内なる気持ちが分かる」という状態になったことが示される。この辺りが移人称的である。

 

『RUN』2番の人称

実際のところ、2番の歌詞冒頭は、男性と女性どちらのものなのだろう。

歌詞を読むのでなく曲を聴く限り、私には女性の、それも曲中の男性が信じようとしている女性のものに感じられる。

それは、私が長渕剛の『純恋歌』などを聴きすぎて、男性である長渕が歌う女性人称の言葉に慣れてしまっているからかもしれないし、「賽銭箱に100円玉投げたらつり銭出てくる人生がいい」と願う男性が思いを向ける女性が、男性を「あの人」や「あなた」でなく「あいつ」と親しみを込めて呼ぶ姿を想像をしてしまうからかもしれない。

 

まとめ

J-ロックや歌謡曲というものは、基本的に話し言葉先行の文化だと思う。

歌詞カードで文字を読むより先に、街角やテレビ、ウェブサイトで曲を聴く機会が多い。そして自らも歌う意志を持った者だけが、歌詞を読むという体験をする。

私が今回、長渕剛の歌詞に移人称を発見をしたのは、『RUN』を歌おうとしたからだ。長渕がよく男性の声で女性人称を歌うように、男性人称の歌詞を私が歌うこと、低音が出せずに上手には歌えないこと、そういう体験をしてみることが、実生活において移人称が生じる困難さ、人称というものの超えがたさ、だからこそ心惹かれる移人称の魅力を知る手がかりになるのではないだろうか。

 

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蛇足だが、同名のテレビドラマ『RUN』の主人公は長渕本人が演じている。そのキャラクターの服装で、彼が『RUN』を歌うというメタフィクション的な映像がある。

www.youtube.com

 

それも十分に魅力的なのだが、『RUN』主人公のトレードマークに似た帽子をかぶった状態で、長渕が自らの代表曲『とんぼ』を熱唱する状態にも惹かれる。

www.youtube.com

 

<追記>

話し言葉と書き言葉で男性女性、2つの人称が共生すると書いたのだが、そもそもタイトルの『RUN』が、音で聴けば「ランララララ」、文字で読めば「RUN RUN RUN…」と、鼻歌のような調べと、言葉の意味とを両立させるものだった…