ちょっとピンぼけ。北方領土エリカちゃん

 

「ぬい撮り」という写真のジャンルがある。

これは旅行先などにお気に入りのぬいぐるみを連れていき、そのぬいぐるみをファインダーに入れた記念撮影を行う文化の呼称である。

一般には家族や友人を被写体に撮影するような状況で、なぜぬいぐるみが登場するのかというと、そのぬいぐるみがともに旅行を楽しみたいほど、撮影者にとって親密で大切な存在だからだ。そのため「ぬい撮り」写真の主役は当然、そのぬいぐるみ自身である。ピントはもちろん、ぬいぐるみに合わせられる。

しかし、北方領土のイメージキャラクター・エリカちゃんを撮影した、エリカちゃん公式アカウントによる「ぬい撮り」写真は、かなりの確率でエリカちゃんにピントが合っていない。これは家族の旅行写真で、撮影担当の父親が背景の滝や桟橋にピントを合わせ続け、写真に写った人物たちはすべてぼやけているような異様な状態に近しいのだが、私はこのぼやけたエリカちゃんの写った写真に心を動かされてしまう。その理由について書く。

 

その1. 愛しいエリカちゃんよりも写したい被写体

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図1

 

「ぬい撮り」の撮影は、基本的に一人で行われる。そのため、多くの「ぬい撮り」は、片手でカメラ、もう片方の手でぬいぐるみを持ち、両腕の長さに限定された距離感で撮影される。ぬいぐるみがテーブルなどに置かれる場合でも、ぬいぐるみと、ぬいぐるみ以外の何か(食べ物や景色など)が関わっている状況を捉えることが多く、構図のバランス的にぬいぐるみが画面の端(フレーム内の1/4の位置)に置かれることが多い。

エリカちゃんの写真もまた、こうした「ぬい撮り」定番の画角をよく取っている(図1)。そのため、まず構図とモチーフにより、第一印象として「ぬい撮り」の雰囲気がある。そして、遠景の被写体とともに撮影されるときは大抵エリカちゃんがぼけている(もちろんそうでないときもあるが、ぼけ率が高い)。

これにより写真の主役であるはずのエリカちゃんを差し置いて、それでも撮りたいもの、写したいもの、それこそがピントの合っている被写体である、という印象が生じてくる。撮り手の被写体に対する情動のようなものが却って演出されているように見えて、胸を打たれてしまう(図2)。

 

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図2

 

その2. エリカちゃんという容れ物

写真によっては、ほとんどスマホ写真に写り込んだ指くらいにエリカちゃんが扱われているようなものもある(図3)。これではさすがにエリカちゃんが不憫なようにも思えるが、このアカウントにおいては問題ないのかもしれない。なぜなら、エリカちゃんは他のゆるキャラやPRキャラクターと違い、写真に出てくるぬいぐるみは、概念的な「エリカちゃん」の容れ物にすぎないからである。

 

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図3

 

エリカちゃんのアカウントには、ときどき着ぐるみ式のエリカちゃんが登場する(図4)。本来「ぬい撮り」に写るぬいぐるみは、たとえ何万体と生産されている市販品であっても、撮影者にとっては他の製品には変えられない唯一無二の個体である。その一体が大切だからこそ、色々な場所にともに行く。着ぐるみの場合もディズニーランドのミッキーが同時刻に園内に一体しか出現しないよう、スケジュール管理されているように、大切なものは基本的には世界に一つしか存在しないものである。例えばふなっしーは着ぐるみが本体であり、ふなっしーのぬいぐるみは、動物園のおみやげショップにおけるトラのぬいぐるみのように、本物に対する二次的な物品である。

 

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図4

 

しかし、エリカちゃんは、着ぐるみ式やサイズ違いのぬいぐるみなど、いくつかの「器」を持っている(図5)。多くの着ぐるみ式のキャラクターは、着ぐるみが本体であり、小型のぬいぐるみとは区別されるものだが、、エリカちゃんの場合は縦横無尽に体を入れ替える。これはエリカちゃんが物理的な身体に縛られない、概念的なキャラクターゆえに可能となっているのだろう。

 

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図5

 

まとめ

エリカちゃんは、今敏『パプリカ』の主人公が精神の容れ物となる身体を夢と現実で自在に入れ替えるように、複数の身体を行き来する概念的な存在である。しかし、ならばその抽象的な存在であるエリカちゃんがその姿を写した写真においてぼけていることはむしろ自然なことのように思われる。

つまり、エリカちゃんの「ぬい撮り」写真は、大きくも小さくも、具象にも抽象にもなれるエリカちゃんの存在そのものを表しているのである。 

 

以上が、エリカちゃんのピンぼけ写真に心揺すぶられる理由である。撮影者の心象を反映した写真だとする理由1と、被写体であるエリカちゃんの本質を捉えているという理由2によって、撮る者・撮られる者という両者の立場に起因するエリカちゃんのピンぼけ「ぬい撮り」写真は、どこまでも見る者を惹きつけるのである。

 

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追記:ところで、エリカちゃんのモデルであるエトピリカの剥製との2ショットを見ていると、さすがに不安な気持ちになってくる。おそらく通常の「ぬい撮り」の概念でいえば、ぬいぐるみは一つの生命体のため、同種族の死体と記念写真を撮っているような印象が生じるためだろう。実際には、外殻はあるが魂はないという共通点を持つ2つの物体が鎮座しているだけだが、剥製の生々しさとエリカちゃんのファンシーな存在感が衝突し、異様な気持ちにさせられてしまう。

画像4 

 

追記2エリカちゃんのアカウントは2014年から着ぐるみ姿の画像をアップしており、20174月にエリカちゃんは初めてぬいぐるみの姿で登場する。最初期から202010月初旬までに、その姿を捉えた写真は約545枚公開されており、そのうち着ぐるみはおよそ111枚。残る約434枚はぬいぐるみで、そのうち半数の222枚ほどでぼけていた。